自由になるために必要な考え方

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自由と安全は対極にあるものです。自由になるということは自分のために生きるということであり、安全になるというのは他人のために生きるということと言えるかもしれません。自由になることを夢見る人がたくさんいる一方で、自由になることを半ば諦めながら安全になる道を歩んでいる人がどれだけいるでしょうか?

流されるがまま人生を歩んでいけば、セミオートで安全になる道を選んでしまうように思います。それは、今の社会のシステムがそうなるようにできているからです。義務教育を終えると今の時代、高校、大学へと進学し、そして当たり前のように就職活動をして卒業後は就職をする。そして定年まで、転職する場合もありますが、働いて退職後は年金や積み立ててきた貯金で生活をする。こういう人生のレールがデフォルトで敷かれているように感じます。ロバート・キヨサキさんはこのことについて次のように述べています。

「あるいは、きみがガッツのない人間だったら、人生につつかれるたびになんの抵抗もせずに降参してしまうだろう。そして、一生安全な橋だけを渡り続け、まともなことだけをやり、決して起こることのない人生の一大イベントのために一生エネルギーをたくわえ続けるんだ。そして、最後は退屈しきった老人になって死ぬ。とても働き者で気のいいきみにはたくさんの友達ができるだろう。だが、実際きみがやったことといえば、人生につつきまわされ、されるがままになっていただけだ。心の奥底で、きみは冒険を冒すことを恐れていた。本当は勝ちたかったのに、負けるのが怖くて勝利の感激を味わおうとしなかった。そして、自分がそうしなかったことをきみは知っている。きみだけが、心の奥底でそのことを知っている。きみは安全なこと以外はしない道を選んだんだ」

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私は最初にこれを読んだ時に恐怖を感じました。「何かしなければ人生に殺される。絶対に後悔する。」と感じました。

絶対にやってはいけない、なってはいけないことは本に書いてあるように人生につつきまわされ、されるがままになることです。ということはこれと逆のこと、主体性が必要なのです。

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必要なことは主体性

流されるがままに生きるというのは主体的でない生き方です。

主体的に生きるということは、自分の人生に責任を持つということです。

主体性とは、…人間として、自分の人生の責任を引き受けることも意味する。

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今の自分の状態や、行動の結果を人のせいにしてはいけないということです。

また、主体的になるということは自分がやることを他人に決めてもらってはいけないということだとも私は思います。これは、他人の指示や提案を無視し、自分のわがままを通すようにしろという意味ではなく、「あの人が行くなら私も行く」などといった実に日本人らしい他人に依存した動機によって行動することを避けろという意味です。

加えて、試験の結果によって自分の希望通りの選択が取れなかった場合もあるでしょう。これも人のせいにしたり、たらればを語るのではなく、この与えられた環境でどう振る舞うかを考えるのです。

関門が訪れる

多くの人が安全を求めて行動している中で、自由を求めて行動をしていると必ず軋轢が生まれます。周囲から浮いているような感じがするのです。

周囲の人間と深く付き合えない、とても自分が考えていることを共有できない。そう思うのは当たり前です。周囲の流れに乗らずに生きているのですから、これは必然と言えます。

私はこの状態を悲観することはなく、むしろ喜ばしいことだと思っています。流されて生きていない証拠だからです。

あとは、人生につつきまわされたときに何を学ぶことができ、前に進めるだけの勇気がどれだけあるかです。

まとめ

自由を求める場合は安全を捨てる必要があります。もちろんリスクを管理することは必要ですので、リスクとギャンブルを勘違いしないように気を付けないといけませんね。主体性も必要です。

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